渓谷、滝、杉並木、文学碑など、見どころいっぱい
伊豆の踊子の叙情があざやかによみがえります


 「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた・・・・」。
 川端康成の名作「伊豆の踊子」の書き出しである。詩情鮮やかに天城のイメージを表わした名文である。この名作の舞台となった天城路を歩いてみよう。
 伊豆急の河津駅から修善寺駅行バスで45分、「水生地下」で下車する。ここから本谷川沿いに旧天城街道に入る。踊子橋をすぎた左に伊豆の踊子文学碑が建っている。
 杉やブナ、ヒメシャラの原生林に覆われたつづら折りの道は水生地をすぎ、やがて旧天城トンネルヘとさしかかる。新緑の頃は目を洗われるような鮮やかな緑がすばらしい。
 トンネルの中に入るとヒンヤリと冷たい。昼間はシャレた明かりが所々についているので歩き易い。
 トンネルを抜けると、つづら折れの下り坂。ここらは踊子が歩いた昔とちっとも変わっていない。
 寒天橋からは舗装道となる。ここから専用バスで八丁池(野鳥の森経由)及び三筋山へのハイキングコース(天城三筋山遊歩道)がある。
 寒天橋のすぐ下に二段になって落ちる高さ20mの二階滝を見て下る。新道ヘの分岐から再びジャリ道となり、なおも杉や檜の下り道。国道を横切って、また杉の林の中の細い道を下っていく。小さな沢にかかる橋を2度渡ると、次第に川の音が近づき、やがてわさび田にぶつかる。左の細い道を少し行った所から河原に降りると平滑の滝。大きな一枚岩に巾20m、高さ4mで落ちる様は、二階滝とちがった趣きが感ぜられる。
 わさび田から右ヘ曲がると、平滑の滝上にかかる鉄の橋をわたる。すると、また杉の林の中。木立の切れ間の左手上に新道の橋が大きくカーブしている様子が見られる。
 林道に出て左ヘ曲がり橋を渡ってしばらく行くと休憩舎のある宗太郎園地。この先に美しい杉並木がつづき、休憩舎とトイレを左に見て進むと、やがて河津七滝の釜滝入口に着く。210段の急な石段を下ると釜滝に出る。柱状節理の玄武岩が覆いかぶさるように追ってくる。
 ここからエビ滝蛇滝と見て下り初景滝で舗装道に出る。ここに伊豆の踊子像がある。
 カニ滝出合滝大滝と見学した後、ループ橋の下の旅館青木の坂から右ヘ下っていく。
 「民宿てっぽう」の先から右ヘ曲り、つり橋を渡った所が元発電所跡。みかん畑を右に見て真直ぐ進むと広い道に出る。左ヘ下って大鍋橋の手前から右ヘ曲がり、民家の前を通って小渡戸橋を渡る。車が一台やっと通るくらいの道で、左下に河津川の清流が見える。道が広くなって右奥に頼朝ゆかりの小鍋神社があるので詣でていこう。
 橋を渡ってTの字を左に行くと国民宿舎かわづ。左側を河津川ヘ向かって右ヘ曲がる。川沿いに進めば対岸に伊豆の踊子文学碑。その先に踊子の宿福田家が見える。橋を渡った正面が福田家。福田家は「伊豆の踊子」の“私”が泊った宿で、入口にブロンズの踊子像がある。文学碑には、川端康成の直筆で「伊豆の踊子」の一節が刻まれている。“湯ヶ野までは河津川の渓谷に沿うて三里余りの下りだった。峠を越えてからは、山や空の色までが南国らしく・・・”
 踊子が裸でとび出したという共同湯は、福田家の対岸にあり、湯気が小窓から洩れている。共同湯の前を通って石段を上れば湯ケ野のバス停に出る。

上の地図をクリックすると、
大きな地図がご覧頂けます。
(78.9k)


河津城山
コース
観音山
コース
二本杉
歩道
天城縦走
八丁池
コース
天城三筋山
遊歩道

ハイキングトップへ


TOP 宿一覧  歴史 味覚  釣り スポーツ イベント MAP アクセス リンク




◆河津温泉旅館組合◆